THE POVERTIST

Ippei's Road to the Poverty Specialist - 貧困削減・社会保護政策専門家の世界


      【重要なお知らせ】        一部コンテンツの譲渡について      (25 March 2010)
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プノンペン陥落 〜アル・ロックオフの写真館〜

プノンペンを流れるトンレサップ川。その辺にFCCというバーがある。かつてここには外国人記者クラブ(Foreign Correspondent Club)があり、1993年にこのバーがオープンしたとのこと。記者たちは、激動のカンボジアをここから世界に発信し、何を思ったのだろう。

その記者の一人、アル・ロックオフはFCCに小さな小さな写真館を置いた。一階からバーに繋がる階段が、彼の写真館である。市街戦で倒れる兵士。既に息の無い知人を治療する人々。今も変わらぬ面影を残すプノンペンの市街地。全ての写真が当時を思い起こさせる。

A Road in Rural Takeo
写真: FCC Phnom Penh。2月7日撮影 (2010年 THE POVERTIST / Ippei Tsuruga)

その中の一枚に、とても印象深いものを見つけた。1975年4月17日、プノンペン陥落の日。アル・ロックオフは、プノンペンに悠々と入城してくるクメール・ルージュの戦車に乗って人々を撮影していた。映画キリング・フィールドでも描写されているこの場面は、あまりにも痛々しく、そして悲しい。

クメール・ルージュの勝利によって戦争の終わりを願った人々は、その直後にプノンペンを追い出され、農場で強制労働に従事させられた。これによって200万人いたプノンペンの人口はたったの5000人まで減り、大量虐殺と飢餓によって数百万(当時の人口の3分の1)の命が失われたといわれている。

平和を願う人々の思い。これから起こる残虐な歴史。それらを同時に見ることができる一枚が、そこにはあった。


外部リンク

FCC Phnom Penh
歴史ある建物を改築したおしゃれなバーレストランでトンレサープ川の風を感じよう(AB-ROAD)



カンボジア関連の書籍

カンボジア関連の書籍を選び、下のボックスに4つずつ表示されるようにしました。

*全リストはこちらから。

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カンボジアレポート 15 〜カンボジアから世界へ〜

評を頂いておりましたシリーズ『カンボジアレポート』も前回分をもちまして終了となります。中途半端な結末ですが、当時の記録がここまでしか残っていないため、こういう形での終了となりました。この後の続きを楽しみにしていただいていた読者の皆様には深くお詫び致します。

さて、ほんの少しだけストーリーの続きをお話したいと思います。

この後私たち一行は無事旅を終え、カンボジアから一路四国の田舎街へ戻ります。当時大学生だった私は、それからしばらくの間、開発とどう向き合っていくべきなのか悩まされる事となります。生涯の仕事とすべきか、ボランティアにとどめておくべきか。

そして、それから約1年半後の2007年11月9日。私は再び関西空港にいました。2006年3月のカンボジアから持ち帰った設問「開発は仕事かボランティアか?」の答えを探すために、私はまた一人、東南アジアへ向かうこととしたのです。そこで働いている開発関係者に会うために。

この続きは全31篇シリーズ『東南アジアレポート(Southeast Asia Report)』をご覧ください。

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